私の宇宙人コンタクト

変性意識で臨む「コンタクトワーク」体験記

2019-08-18 ゼログラビティ


 午後になってから降りはじめた雷雨は現地到着後も続いており、私は車中での待機を余儀なくされていた。そして今しがた、ここの駐車場は私だけになった。お盆休みで日曜で、まだ暗くもないのに珍しい事だ。お天気サイトの雨雲レーダーによると、大きかった雨域が東へ抜けつつあり、もうすぐ上がるらしい。これならワークは出来そうだ。ならばそれまではと、シートを倒し少し寛ぐことにした。

 突然車内がコンタクトのエネルギーに切り替わる。
 私にそのつもりはまだ無くて、ほとんど普段の意識状態だというのに。

 通常なら踏むはずのステップをまるっと素っ飛ばし、問答無用の力技でここまで持ち込むやり方に、いつにない強制的な意図を感じる。私はあっけに取られつつも、さすがに警戒せずにはいられない。

 だがしかし、そこではたと気が付いた。
「ああ、これって……」そうだ。私はこれが何かを知っている。
 警戒心は不要なものだ。


2010年の事例

 このような車内での強制的コンタクトは 2010年に経験している。参考のためにその始まりだけを簡単に紹介したい。リサ・ロイヤル氏がチャネルするサーシャはこれを、ETにとってのアブダクションのトレーニングだったと言っていた。

 初めに車内がコンタクト独特のエネルギーに突如切り替ると、すぐに不思議な急減速感を覚える。そこにもし音があったとしらた、モーターなどの回転音が停止に向けて音程を下げてゆき、最後には無音になるあの感じだ。そして全てが止まった静寂の世界になる。
 肉体を浮かばせる為なのか一種独特な力(フォース:行使されている力)に包まれ、水か緩いゼリーの中にいるかのような感覚を覚える。体は僅かに圧を感じ耳は違和感を覚えた。音が無いのはこのせいかもしれない。
 静寂のなか無重力のスローモーションで浮かび上がり、胎児のように丸まってゆく。そして運転席から外に引き出されて運ばれる。この時はそんな始まり方だった。

 
 普段フィールドではライトボディ状態でのコンタクトが多く、バイブレーションは高く精妙で軽やかになる。それに比べアブダクション的ケースでは、密度が高くてもっと濃いのだ。2019年の今回、車内に満ちるエネルギーはこの両者の中間というところだろうか。


マニピュレーション

 さて、車内が突如コンタクトエネルギーに切り替ってからのこと。
 まずは体の自由が奪われて、ゆっくりと座席から浮かび上がってゆく──この瞬間の感覚が堪らない。そしてやはり胎児のように体が丸まるのだった。順調にゆけばこの後ドアが開いて身体が右にコテンと倒され引き出され、連れてゆかれる。今回もそれを期待してワクワクしながらその時を待った。

 ちなみに宇宙人が直接手を出すのはドアが開けられてからになり、車内空間の移動は遠隔操作なのだ。クレーンゲームにちょっと似てるかもしれない。

 座席のシートを倒しての休憩でも、靴は履いたままで両脚はハンドルの下にある。だから身体が浮いた後は、腹筋運動のように前方へ丸まってゆくのが自然みたいだ。そう、上手く丸まれるかが肝心なのだ。
 私は浮かびながら、つい思い出してしまう。2010年のETチームは、ドアを開けて体を引き出す際、私の脚が何かに引っ掛かって苦労していたことを。あの時は笑ったな。それで、今回のチームは大丈夫だろうか? そんなことを思うのだった。

 ……あれ? いつまで待っても次の動きが無い。私の両膝は胸の近くにあり曲げられていて、確かに身体は丸まっている。後は車から出るだけなのに。しかしそこで気が付いた、なんと足の裏が天井に向いているではないか。つまり私はもたれたシートに頭を固定したままで、脚から上体に向けて丸まっていたのだ。自ずと逆さまになり、プカプカ浮かんでいたという訳だ。なんだこれ?

 いや、どうやら原因は私らしい。座席で休むときの癖で、後頭部を預けるヘッドレスト(シートの上端)の背後まで腕を回し、指をがっちり組んでいたのだ。寝ている敷き布団と枕の間に両手を差し込み、指を組んだようなイメージだろうか。

 さて、ではどうしたものか。体の自由は無いはずだけど、指だけなら動かせるかもしれない。でも……誘拐される役の私が手助けしたら、誘拐の練習にならないのでは? と変なことで迷う。まあ勝手に仕掛けて来たのは向こうなのだから、任せておけばばいいのかと、奇妙な姿勢で浮かびながらしばらく待った。それが出来るのも、頭に血が上らないからなんだけど。

 しかしいくら待っても動きが無い。「おーい、どうなってんの?」と、流石に心の中で問いかけた。「俺が自分で指を外せってこと?」誰も答えてくれないが、心でそうつぶやいた途端、グワっ! と体が降下を始めてビックリする。それでもゆっくりふんわりと、私はシートに戻された。つまり指は、どうやらそうゆうことらしい。はいはい。何か言えばいいのにね。

 体の自由は降りた直後に重力と一緒に返されていたので、私は指を外し腕を下ろし両手をそれぞれ腿の辺りのに乗せた。また浮くから関係ないのに、ワークに入る前の習慣で、自然と体勢を整えていた自分を笑う。そうして最後に体の力を抜いた。よし、これで準備はOKと思った途端にぐわっと浮び始める。「早いって!」
 それにしてもこの浮かび上がる感覚、やはり堪らない。

 仕切り直しのおかげか先程よりも冷静なようで、細かな所に意識が向く。頭が浮いてゆっくりと、確かに前方に動いている。そうそうこれでいい、これで先に進めると安堵した。少しすると体の移動が遅くなり、すうっと止まる。あるべき姿勢でしかるべき位置に着いたのだろう。今度は運転席ドアの方へ水平移動が始まった。少しずつ少しずつ。とそこで気付いて心でつぶやく。「あれっ、ドアが開いてないよ?」

 まさかすり抜けさせる気か。いや幽体離脱中ならともかく今は肉体なのだし、あんな気持ちが悪いことは御免こうむりたい。それよりも、ここで私は別の問題が気になりだした。それは車の外に出た後のこと──雨だ。雨滴が私の顔を叩けば、肉体的刺激となって変性意識から醒めはしないかと、本気で心配をしはじめた。肉体の誘拐という荒事に、意識状態の機微なんて関係ないのかもしれないが、でもそう思ったのだ。

 最初はアクシデントもあったけれど、せっかくここまで来たのだ。これが彼らの実習なのか試験なのかは知らないけれど、私の「覚醒」なんかで失敗にはさせたくなかった。だから心で何度も問うた。車の外に連れ出すのはもう少し後、雨が止んでからでもいいんじゃないかと。しかしその一方で、彼らのテクノロジーでなら大丈夫ではとも思いながら。短い間に色んなことが頭をよぎる。

 そしてついに体は動きを止めた。閉じたままのドアぎりぎりで。

 そのまましばらく静止が続く。でもこれはコンタクト時によくある、トラブルによる一時停止とは違う感じだ。私が余計な危惧を抱いたせいだろうか? もしそうなら申し訳なく思う。どうか気にせず続けて欲しいと切に願った。

 しかし、体は戻り始める。
 ああ……今回はここまでなのか、と落胆する私がいた。

 左への水平移動を終えると一旦停止する。次は体を降ろして着座させる作業が始まるはずだ。するとここで興味深いことが起きる。空中に浮かべられていた体を包み込んでいた、独特なあのフォース(行使されている力)のレベルがすぅーっと下げられたのだ。

 完全に無くなりはしないものの、しかし実質的にはカットオフだった。正直これには驚いた。本当にびっくりした。私を包み込み浮かべる力がフッと消え、皮膚と筋肉と骨が重力を感じ始める瞬間の感覚を、今でも鮮烈に覚えている。
「えっ! ここで?」と驚愕し「落ちる!」と心で叫んでしまったことも。

 それから私は実際に──落ちた。

 咄嗟に全身に受けるだろう衝撃を覚悟して身構える。しかしそれはなかなか訪れなかった。たったの数十センチを未だに落下中だったのだ。そんな落下速度でも重力に従って「落ちて」いることには変わりない。なぜそう言えるのかというと先程も述べた通りだ。フォースが消えた瞬間に私の体が間違いなく、重みの幾らかを取り戻したのを感じたからだ。だからこそ「落ちる!」と叫んでしまった。

 でもどうやら、残されていたフォースがこの落下を和らげている。これは制御された落下だった。一瞬の驚きとその後の開放感。まるで羽毛のように落ちる、忘れられない数秒だった。

 リトライする前のトラブルで、後ろでんぐり返しのフリーズ状態から降ろされた時は、重力制御のさじ加減は感じなかった。完全無重力で降ろされ、着座の瞬間に重力を体感したのだ。確かにあの姿勢で同じことをされていたら恐怖しかない。この制御の違いに、彼らの配慮や意図を垣間見た気がしてとても興味深い。

 それにしても。「制御された落下」は短い時間だったが、代え難く印象的な気持ちに包まれた。うまく言葉にできないがこれだけは言える。完全な無重力よりも、小さな重力の下にいる方が自由で心が躍る。不思議とそうゆう感覚になると。
 
 座席に戻されると背中全体に確かな重みが広がり、1G に戻ったことを実感する。そしてその瞬間、間髪を入れずに全くの同時に、辺り一帯を轟音が響き渡る。何度も何度も。それはオープニングのスターマイン、つまり花火の音だった。

「うそだろ!」

 そう小さく叫び、ばっと翳した腕時計は20時30分。知らなかったが後で調べてみると、時刻も含め予定通りの打ち上げだったらしい。轟きはそのあと15分間続く。麓の花火はよく響き、コンタクトの継続が困難であったことは明々白々だ。つまり彼ら宇宙人は、花火の打ち上げを見越してコンタクトを仕掛け、浮かべだ私を時間ぎりぎりで降ろしたことになる。

 彼らが仕切るタイミングの絶妙さには、今まで何度も舌を巻いてきたのだが、これを見せつけられれば「うそだろ!」と叫びたくもなる。本当にお見事。このひと言に尽きる。鳴り続ける花火を聴きながら、私は何とも言えない感慨に浸っていた。


 静けさが戻ると私は車の外に出た。誰もいない。そして雨上がりの夜空を見上げながら思う。この終わり方には、一体どんな意味があるのだろうと。「ほらね」って、シンクロニシティを知らしめる意図だろうか。じつは慌てて終わらせてぎりぎりセーフだった、なんて顛末なら笑えるのに。夜気を大きく吸っても、胸のざわつきは治まらなかった。

 その後サイトに出て予定通りワークをするも、特に何もなく明け方に撤収した。


あとがき

 とても謎が多い体験だった。しかしこれほどのことをされても、宇宙人は姿どころか個別の気配さえも無かった。定義次第ではこれをコンタクトとは呼べないのかもしれない。

 ただこれまでにも、コンタクトエネルギーが出来上がり、いつ宇宙人がそこに降り立っても不思議ではないのに、結局現れずに終わることが何度もあった。何故そうなるのかは分らない。時には音階が聞こえたりシンボルが見えたり、体がピリピリしたりと、変化が起きることもある。

 今回に関してはそういった穏やかな変化ではない。明らかに異常な出来事だった。これがアブダクションの流れなら、ETチームの登場は次のシークエンスからだ。車外の彼らを、私が知覚出来なかっただけなのだろうか?

 ともかく、分らないことだらけではあるけれど、じつに面白い体験だった。
 それに結末が最高にミラクルだ!

[旧題:マニピュレーション]
(2021-03-03 改題・改稿)
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